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バブル経済

Filed in 経済

丁度バブル経済の時は学生だったので、いわゆる「バブルの恩恵」は直接経験した事が無く、当然、バブルで大金を得たり、得した経験も無い。バブルはじけたあとの借金まみれも知ることがなく、幸いです。

バブルと言うと「DCブランド、ボディコン、ジュリアナ」というイメージな訳だが、当然世代じゃないので、情報でしか知らないし、生で見た事は無い。
今考えるとこんな格好でよく街歩けたな!!って思えるけど、当時はこれが流行の最先端だったんでしょうねー

バブル経済後はITバブルとか、色んなバブルの話は、ニュースとかで情報としては入ってくるけど、ほんと一部の人が成功したんだなーって感じで、宝くじを買った人が当たった感じ?

結局そこに群がろうとした人達も、全然儲からなかったんじゃないなー

ちなみに最近話題になった。
「あまちゃん」、「半沢直樹」という2大ドラマも、舞台は「バブル時期」のドラマでしたね。

最近ファッションもケミカルウォッシュのジーンズや、ハイウエストのパンツが流行ってたり、80年代に流行ったようなメガネとか、明らかにバブル世代押しな気がする。

流行らせようとしているのかな??

次回にバブル経済が来たら、是非大儲けしたいです!!
そしてバブルで大損した人達みたいにならない様に、なんとか資産を残したいですね。





写真

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現在平成という年号だけど、平成とは1989年からを平成元年と言います。
丁度バブル経済が1986年(昭和61年)12月~1991年(平成3年)2月までの51か月間なので、バブルがハジけた時期は丁度、昭和の終わりがバブル経済の崩壊であり、高度成長期の終わりな感じがした。

この時期と言えば、「写ルンです」というカメラが大ヒットしていて、「写ルンです」が発売されたのが1986年で、丁度バブル経済の始まりと同じ時期だった!

写真を取ると言えば、フィルムの入ったカメラだったし、カメラ自体が高価だったのが、カメラを持ってない人でも気軽に買える値段と、カメラを持ってなくても、コンビニで買って写せる便利さも、大ヒットの要因だったと思う。

ちなみにコンビニは70年代から日本にあったが、全国的に24時間のスタイルで普及したのは80年代になってかららしい。

ですので、平成になった頃には24時間いつでもカメラが買えるようになった。そんな文化を作ったのが「写ルンです」だった!

そしてその後に普及するデジタルカメラ、いわゆるデジカメが一般に普及するのは、平成に入ってからなので、90年代に入ってからになる。

しかも90年代はWindows95の爆発的ヒットで、パソコンとデジカメとプリンタで、自宅でも印刷出来るようになり、一世を風靡した「写ルンです」は売れなくなっていくという運命を辿る…

しかし「写ルンです」⇒「デジカメ」と来た「デジカメブーム」も、その後携帯電話に付くデジカメ機能の高性能化に伴い、衰退の一途を辿る事となる。

現在では普通のデジカメは売れなくなり、高性能な1眼レフとi-Phone等のスマートフォンのカメラで撮るっていうのが主流になった気がします。

商品を開発している会社にとっては、大ヒットしたと思っていても、そもそもカメラは携帯と一体型という「文化」を作られてしまったら、それと同等レベルの小型カメラ(デジカメ)は必要無くなり、そこと差別化が出来ていた高性能な1眼レフだけがデジカメ業界で唯一生き残れたという気がします。

これも時代の流れと言えば時代な流れな気がします。





音楽が好き

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今は音楽と言えばYoutubeやitunesで聴きたい曲だけ落とすという感じだろうが、昔はインターネットも無かったので、聞きたい音楽はレコードやCDを買うしかなかった。

後にレンタルレコード(CD)店が出来て、買わなくても格安に曲を手に入れられる様になるが、その前の時代は「ラジオ」の時代だった。

音楽だけじゃなく、娯楽としても「三宅裕司のヤングパラダイス」「吉田照美のてるてるワイド」、「オールナイトニッポン」、「スネークマン・ショー」等人気の番組があって、当時レコードを買うお金が無かった小中学生達にとってはそこが情報源であり、娯楽だった。

僕の周りで特に話題になっていたのは「オールナイトニッポン」と「スネークマン・ショー」で、「スネークマンショー」は海賊版のテープを知り合いがインディーズのレコード店で買ってきて、ダブルデッキでダビングしたのを覚えている。

最近の若者はダブルデッキでダビングなんて言っても何の事かわからないと思うけど、僕の親世代は「ステレオ」だったのが、僕が子供の頃は既に「ラジカセ」になっていて、「ラジオ+カセット」の略で「ラジカセ」。
もちろん僕はラジオを聴くのがメインで、それをカセットに録って聴くって感じで使ってました。

ところが時代が進んでカセットからカセットに録音する事が出来る。「ダビング」機能が付いたラジカセ「ダブルラジカセ」が発売された!!「ダブルデッキ」とも呼ばれていた!

このダブルデッキが発売される前は、録音用のコードを使って、2台のラジカセやステレオを繋いで、レコードからカセット、カセットからカセットという感じで、録音して聴いていたものだ。話はラジオに戻るけど、子供は早く寝ないといけないので、夜になったら寝室に向かう。そこで寝室でこっそりラジオを聴くのが楽しみだった。

そうそう!
ラジオと言えば小林克也の「ベストヒットUSA」。
ここで最新の洋楽を聴くのが楽しみだった。
「a-ha」や「マドンナ」、「プリンス」、「デュランデュラン」等様々な最新ヒット曲をラジオで聴いて育った。今は情報が溢れかえっているが、当時はラジオかテレビか雑誌しかなかったからなー





音楽との出会い

Filed in 歌

母親が音楽の先生だったこともあって、小さい頃はクラシックが家で流れていた。
一方父親はステレオでローリングストーンズやビートルズを聴いていた。

今はわざわざ大きなスピーカーのステレオを買う人は少ないと思うけど、当時はそこそこ普通以上の経済水準の家には、必ずと言っていい程大きなステレオがあった。

1950年代後半、神武景気の頃、豊かさやあこがれの象徴として「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」が、「三種の神器」と呼ばれてたらしく、その後は「デジタルカメラ・DVDレコーダー・薄型大型テレビ」の、
デジタル家電が「新・三種の神器」と呼ばれてたと言われているが、恐らくこの中間の時期の「家電三種の神器」が、「ステレオ、ビデオデッキ、電子レンジ」だったんじゃないかな?って思う。

かくいう私の家にも当時から「ステレオ、ビデオデッキ、電子レンジ」がありました。

当時の電子レンジにはアースがついていて、その長い線を外まで引っ張って行って、台所の外の地面に刺した記憶があります。

その後自分で購入した電子レンジにはアースが無かったので「あれっ?」って思った記憶があります。

そしてそんな「家電三種の神器」の一つであるステレオで自分も音楽を聴いてみたくなり、生まれて初めて自分のお小遣いで買ったレコードがイモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」でした。

当時はYMO含め打ち込み音楽が流行っていて、洋楽でもマドンナやマイケルジャクソン等、デジタル音楽である事が、「カッコイイ」みたいな風潮があった。

なぜ「ハイスクールララバイ」を買ったかは不明だが、恐らく当時「欽ドン」を毎日見ていたからだろう。

当時はわらべとかイモ欽トリオがこの番組で流れていたんで、情報源の少ない小学生にとっては、音楽に触れる数少ない機会だったに違いない。